mistarbird’s blog

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子どもの頃の思い出、記録

東京の妹から連絡がありました。

「私の母子手帳、知らない?」

どうやら妹が母に確認したところ、家を出る時に渡したとのこと。

妹は覚えていないそうです。

妹の荷物を段ボール二つほど預かっていますが、その中にも無く。

ちなみに私の母子手帳は母が持っているはずですが、この感じからするとおそらくもう無くなっているでしょう。

 

現在我が一家はバラバラに暮らしています。

父は私が小学生の時に離婚。それから会っていません。

連絡をくれた妹は結婚して新しく家庭を築いていますが、それ以外の母と私と兄ともう一人の妹。それぞれ一人暮らしをしています。実家は存在していません。

3年ほど前に実家を出る際、私が生まれてからの写真や保育園で描いた絵・工作、成績表や健康簿など、思い出の品と呼ばれるものを、母から渡されました。

私はそういったものは親が保管するものだと思っていたので、少しショックでした。

しかし私にとっては記憶にないものもありますので、思い出というより記録。

重たいし、場所を取るし、母は保管する気はなさそうだし。

実家の片づけの度に痛く感じた、モノの多さ。

どこかの記事で見た「死んだら他の人にとってはゴミ」・・・痛い痛い。

今後もしかすると必要になるかもしれない写真のみ、年代別に数枚ずつ残し、他は一切処分しました。

母は懐かしいとは言っていましたが、処分する私の手を止めることはありませんでした。私が赤ん坊の頃の写真、育つ過程、成人式の写真も、すべて私が持っています。

 

肝心の母子手帳

実家と呼ばれる家から母が引越すときに、不用品回収業者を呼んだそうです。

いるものといらないものの区分けをきちんとしていなかったようで、処分の予定のなかったものも処分されたと、当時母が言っていました。

しかし業者には何も言わず。

おそらくその時に母子手帳は処分されているのではないかという結論に至っています。

いろんな意味で、その程度のものなんでしょうね。

 

一般的な家庭では、思い出は、どのように、誰が保管をされるんでしょうか。

何をもって一般的と呼ぶのかはわかりませんが。

思い出の取扱いにはキズのつかない方法を取らないといけないと学びました。